引っ込み思案で行動力もない「海外に行くなんて考えてもいなかった」選手の海外挑戦 / 横田貴裕


Photo by Phisanulok fc

「自分は引っ込み思案で海外に出ることなんて考えてもいなかった」そう語る横田。試合中にキャプテンマークを巻き味方を鼓舞する、得意のヘディングで相手の屈強な外国人FWの攻撃を跳ね返し続ける姿とは大きなギャップがある。当時、関東リーグに所属していたYSCC(現在J3 )を退団、ニュージーランドで1年半、その後タイに渡って2シーズンを過ごした横田。海外には興味がなかったという男がなぜ海を渡る決意をしたのか、その思いを聞いた。

横田貴裕

1989年生まれ、神奈川県出身。ポジションはCB。 國學院大学サッカー部、YSCC横浜、Metro FC~WaiBop United~Bay Olympic FC(ニュージーランド)、カンペンペットFC(タイ)、ピサヌロークFC(タイ)

海外に行きたいなんて気持ちはなかった

初めて海外でプレーしたのはニュージーランドだったと思いますが、それ以前に海外に行った経験などはありましたか? 

大学生の時、サッカー部の遠征でカンボジアに行ったことがありました。コーチの知り合いを通しての海外遠征ということになったのですが、初めての海外だったので楽しかったですね。でも一緒に行ったメンバーの半分近くが胃腸炎になったり、お金を盗まれた人などもいて大変だった思い出もあります。 

ではサッカー以外で海外旅行などには行っていないのですね 

そうですね、海外に行きたいなんて気持ちはほとんどありませんでした。日本が好きだったし、国内の生活だけで満足していました。自分の性格的なものが大きかったと思います。引っ込み思案だったので一人でどこかに出かけるという事もあまりありませんでしたし、ましてや海外なんて行こうとは思っていませんでした。 

ではなぜ海外に行くことになったのですか? 

日本ではサッカーで生きていくという事が無理だなと感じていたので。当時はYSCC(現在J3)でプレーしていましたが、自分の年齢や実力も冷静に考えた時に、海外に行かないとサッカーは続けていけないなと思っていました。自分は本当に行動力もないタイプだったので、それも含めて海外に出て自分が学ぶことも多いだろうと考えました。 

海外についての知識は本当に何もない状態でしたね。とりあえず海外に行っても連絡取れるようにしないといけない、パソコンも使える状態にしないといけない、と考えた時にwifiの存在もインターネットのつなぎ方もわかりませんでした。今から考えるとそれでよく海外に行こうと思ったなと思いますね。

Photo by Phisanulok fc

ずっと引っ込み思案だった自分

なぜニュージーランドを選んだのですか? 

知り合いに一人ニュージーランドでプレーしている選手がいました。その人から現地がどんな場所だとか、色々な話を聞く中で自分もニュージーランドで挑戦してみたいという気持ちになりました。オークランドシティーというニュージーランドのクラブがクラブW杯に出場していたのをテレビで見たのも背中を押してくれました。うまくいけば自分もこういう舞台に立てるチャンスがあるかもしれない、という感覚もどこかにあったかもしれません。 

海外挑戦するにあたって周りの人の反応はどうでしたか? 

当時、自分は関東リーグのYSCCでプレーしていましたが、サッカー以外での悩みなどもあってシーズン途中でチームを退団していました。その時に色々考えて海外に出ることにしたのですが、中途半端な状態でクラブを退団していたということもあって中には批判的な意見もあったと思います。でもああいった状態で、物事がうまく行ってない状態だったからこそ、自分の中で海外に行くという決心がついたのかもしれません。家族は自分がやりたい事ならと応援してくれました。そのことには感謝しています。 

海外挑戦を決めた頃、語学は勉強していましたか? 

英語に関しては全然できませんでした。how are you とか Thank you とかそういうレベルでしたね。英語に自信がなかったのでスーパーに買い物に行くのすら怖くて、ニュージーランドに着いて最初の頃は日本から持って行った缶詰やらインスタントのものでご飯を食べてました。それくらい自分で何かするっていうのができなかったし、英語もさっぱり分からないという状況でした。 

今ではタイ語も英語も話せるようになってるイメージもありますが 

最低限はできるようにはなったかなとは思います。ニュージーランドにはなんだかんだで1年半くらいいたので、ある程度は英語もできるようになったとは思っています。タイではキャプテンもやりましたし、英語を使ってどうにかコミュニケーションをとる必要に迫られていました。結局、やらなければならない状況だったので。 

自分でもそういう性格を自覚していたので。語学に関しても何にしても同じですね。チケットも予約して荷物も準備して後に引けない状態を作りました。考えて考えて行動してたらいつまでたっても自分では行動できなくなってしまうとわかっていたので。

ニュージーランドは本当に素敵な国

 

ニュージランドはどんな国でしたか? 

すごく印象的だったのはニュージーランドの人の温かさだったり些細な気遣いですね。「良い一日を」とかそういう日本語だと少し恥ずかしいこともさらっと言ってしまうような雰囲気がどこにでもあって、そういう所が自分も大好きでした。ニュージーランドが移民の国ということもあったのかもしれません。色々な人種の人がいて誰でも受け入れてくれる、そういうフレンドリーな国でした。

それはすごく素敵ですね 

基本的にニュージーランドの人はすごくポジティブでした。サッカーでもそれ以外の場面でも。自分の意見や考えをそれぞれがしっかりと持っているので、迷いも少ない。もし失敗したりしても必要以上に落ち込んだりはしません。そういうところは勉強になりましたね。 

ラグビーが国技として人気があるというのも関係あると思います。みんな気持ちも体もすごく強かったですよ。サッカーのピッチの中では顕著でした。みんなファイターでしたね。 

サッカーよりもラグビーが人気なんですか?

サッカーの人気もなくはないですが、一番はラグビーでした。特にオールブラックス(代表)の試合がある時にはすごい盛り上がりで、サッカーはそれに比べたら全然という印象でしたね。サッカーの試合では観客は多くても1000人ぐらいだったんじゃないでしょうか。

海外に出たことは大きなターニングポイントになったと言えますね

海外に出る前はサッカーもそれ以外の部分でも迷っていた時期だったので。そういう色々なことも引っくるめて海外に出ることで何かきっかけにしたいという気持ちがありました。なので、やはり海外に来たことは自分にとって大事なキーポイントになったなとは思っています。サッカーの面でもそれ以外でも、自分の成長を感じる事が出来ています。 

Photo by Phisanulok fc

後記

1年半を過ごしたニュージーランド。その後、彼はタイへと活躍の場を移します。ニュージーランドとは全く違うタイという国。そしてそこで1年目でありながらキャプテンを任されプレーします。次回のインタビューではタイでの苦労や感じたことなどについて聞いていきたいと思います。
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