モンゴルでのサッカーとは?増加する日本人選手と盛り上がるサッカー熱


2050年にはワールドカップで優勝する。そんな壮大な夢を掲げる日本サッカー協会だが、同じアジアのモンゴルでは2050年のワールドカップを自国開催するという目標が掲げられているそうだ。チンギスハンの時代にはアジアとヨーロッパを制したモンゴルだが、サッカーではFIFAに加盟している211カ国の中でFIFAランク189位と遅れをとっているのが現状だ。それを取り戻すべく最近になって国をあげて自国のプロリーグの整備や、若い世代の育成に力が注がれている。

年間平均気温0度。中国とロシアに国境を接する国、モンゴル。そんな国のリーグに挑んだ金城寛大。リーグ戦にも出場できなかった大学時代、プロ契約を果たすも1ゴールもすることができずに終わったタイでの1年。そして挑んだモンゴルリーグ。モンゴルでの生活、サッカーについて話を聞いた。

金城寛大

1993年生まれ、大阪出身。日本体育大学サッカー部、BTU ユナイテッド(タイ3部)、FCウランバートル(モンゴル1部)

モンゴルのサッカー


モンゴルリーグはどうでしたか?

良い選手はたくさんいますが、全体のレベルとしては高いとは言えないと思います。技術や戦術もまだ発展中といった感じではないでしょうか。しかし基本的に身体の大きい選手が多く、フィジカル的には強い選手が多いんです。技術の足りない部分を激しさで補っているという印象でした。

モンゴルリーグではどのような外国籍選手がプレーしていましたか?

登録は1チームにつき5人、試合に出れるのは4人です。外国籍選手としては日本人が最も多く15人ほどの日本人選手が2017シーズンはプレーしていました。スペイン、イタリアなどヨーロッパ系の選手もいて、中にはレベルの高い選手もプレーしていましたよ。

チームメイトと金城

環境面はどうでしたか?

モンゴルリーグの中でホームスタジアムを持っているチームは2チームしかありあません。ハンガリットという北部のチームとエルチムという昨年のチャンピオンチームです。ほとんどのチームは首都のウランバートルを本拠地としていて、ナショナルスタジアムをホームスタジアムとしています。

観客の数は毎試合、数百人といった程度だと思います。盛り上がりもまだまだこれからという感じですね。

寒さのためだと思いますが、バスケットやフットサルなどの室内競技、伝統的なモンゴル相撲が人気でサッカーはその次という感じでした。

ほとんどの試合がこのナショナルスタジアムで行われる

モンゴルでの生活


生活はどうでしたか?

モンゴルというと草原とゲルしかないと想像するかもしれませんが、首都のウランバートルはすごく近代的で大きな街で過ごしやすい場所でした。セブンイレブンやスターバックスはありませんでしたがケンタッキーはあったので休日などにはよく行きましたね。街を歩いていれば外国人の姿もよく見かけますし、日本食レストランや韓国料理店も多く生活していて不便に感じることはありませんでした。

オフの過ごし方

普段はしませんがナダムという休日には馬に乗ったり、レスリングを見に行ったしました。チームメイトとモンゴル料理をゲルの中で食べたりして楽しかったですね。

自分は外国人選手たちとチームから用意された部屋をルームシェアしていたので、休日も彼らと過ごすことが多かったですね。英語でコミュニケーションを取っていたので、英語はだいぶ上達したんじゃないかと思っています。

ウランバートルの街並み

 

食事に関して

モンゴル料理は羊の肉が多くて臭みが結構強いんですよ。なのであまりローカル料理は進んで食べたりはしませんでした。自分が所属していたチームは提携するレストランで食事を出してくれていたので、ステーキやパスタなどをいつも食べていました。

先ほど言いましたがウランバートル市内には日本食や韓国料理屋もあるので、そういったお店に食べに行くこともありましたね。

羊の肉が中心だというモンゴルのローカル料理

盛り上がるモンゴルサッカー


ローカルの選手について

彼らはプロとしてお金をもらってプレーしている人もいれば学生だったり、仕事をしながらという人もいました。まだその辺のプロリーグとして整備は整っていない状態なのかなと思います。

以前、外国人選抜対モンゴル代表で親善試合が行われました。その時に外国人選抜の一員としてモンゴル代表チームと対戦しましたが、やはり代表選手は強いだけではなくて技術や戦術も能力の高い選手が揃っています。

特に若い世代には優秀な選手が多く育っていて、昨年のAFC U-23選手権ではアウェイで格上のタイ代表相手に1-1というドローゲームを演じました。

これから先さらに力をつけてくると思いますよ。

2050年にワールドカップ開催、それに向けて国をあげてサッカーに力を注いでいる

それはすごく感じます。リーグ戦は毎試合テレビ中継されていますし、国を挙げてサッカーを盛り上げようとする雰囲気は感じますね。現地の人と話していても『ここ数年でモンゴルのサッカーは大きく変わりだしている』ということを話していました。

自身の活躍について。2017シーズンはリーグ戦では10得点でした

チームメイトに恵まれましたね。チームにはアメリカ人2人とセルビア人2人が所属していたのですが、彼らから学ぶことは多かったです。

それに監督は日本人の方だったので、ピッチ内外でお世話になりました。彼らのサポートがなければ昨シーズンの結果は残せなかったと思っています。

チームメイトの外国籍選手たちと

海外のクラブで日本人監督の元プレーするということ

福田潤さんという方が監督だったのですが、潤さんとはすごく良い関係を築けたかなと思います。やはり日本人同士ということで話す機会などは多かったと思いますが、ピッチでは厳しく指導していただいたので本当に勉強になりましたね。

『いかにしてプレーをシュートにつなげるか』と口酸っぱく言われていましたが、潤さんの元でストライカーとして大事なことを学ぶことができたと思っています。

これから

とにかく得点を積み重ねたいですね。昨シーズンは得点を取ることができましたが、さらにステップアップするためには得点をするしか道はありません。
ストライカーとして海外で生き残るためにはやっぱりそこしかないので。

オフ期間には、ラオスリーグで活躍する本間和生さんに会い、すごく刺激を受けました。海外で長く活躍されている本物のストライカーだと思いますし、本間さんのようなストライカーになりたいと感じました。

ウランバートルの街を一望できる丘から

金城寛大のプレー映像 ↓↓↓↓↓↓


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